「引越しで事故があったら、どうやって補償してもらったらいいの?そもそも、補償してもらえるものなの?」と不安になっていませんか?
こんにちは。自分が起こしてしまった事故の対応をしている支店の担当者に、頭が上がらない、元引越し業者スタッフの管理人です。
引越し業者が、建物や家具・大型家電製品にキズ・ヘコみをつけたり、荷物を壊したりした場合は、補償してもらえます。
ただ、問題は、引越し業者も、なんでもかんでも交渉に応じてくれるわけではありません。
残念ながら、「引越し業者の事故」に見せかけて、「引越し業者の事故でない」壁や床・家具のキズなどを補償させようとする、悪質なクレーマーもいます。
引越し業者としては、こういうウソをつくクレーマーと、本当の被害者をと見分けないといけません。
そこで重要なってくるのが、事故の事前の対策(=写真撮影)です。
また、実際にトラブル・事故が発生した場合、とにかく早く、できれば「その時その場で」対処しなければなりません。
すぐに対処しないと、時間が経てば経つほど、補償交渉は難航します。
逆に、補償交渉が早ければ早いほど、できれば「その時その場で」であれば、引越し業者としては、言い逃れができなくなり、補償交渉に応じてもらいやすくなります。
引越し業者には事故を補償する義務がある

引越し業者は幅広い範囲の損害賠償責任を負っている
引越し業者は、「荷物の荷造り、受取、引渡し、保管又は運送に関し」、「荷物その他のものの滅失、き損又は遅延につき損害賠償の責任を負い、速やかに賠償」する義務があります。
「荷物その他のもの」とあるとおり、「その他のもの」には、建物や(滅多にありませんが)人的被害なども含まれます。
ですから、かなり広い範囲のことについて、責任を負っています。
しかも、重要なポイントは、「注意を怠らなかったことを証明しない限り、」とある点です(標準引越運送約款第22条)。
標準引越運送約款第22条(責任と挙証等)
当店は、自己又は使用人その他運送のために使用した者が、荷物の荷造り、受取、引渡し、保管又は運送に関し注意を怠らなかったことを証明しない限り、荷物その他のものの滅失、き損又は遅延につき損害賠償の責任を負い、速やかに賠償します。
出典:国土交通省「標準引越運送約款」
引越し業者には「ミスをしなかった」ことを証明する責任がある
つまり、引越しの作業で、何か事故が発生した場合に、引越し業者にミスがあった、それともなかったのかは、引越し業者の方が証明する責任があります。
これを、法令用語では、「立証責任」といいます。
しかも、「注意を怠らなかったこと」=「ミスがなかったこと」を証明しないといけません。
「何かがないこと」を証明するのは、いわゆる「悪魔の証明」と言われるほど、非常に困難で、事実上不可能といっていいものです。
引越し業者は、それほど、引越しの事故について、重い責任を負っています。
ただし引越し業者の損害賠償責任にも例外がある
ただ、引越し業者にしてみれば、なんでもかんでも補償対象にされたら、たまったものではありません。
ですから、一定の事故については、責任が発生しないことになっています(標準引越運送約款第23条)。
標準引越運送約款第23条(免責)
当店は、次の事由による荷物の滅失、き損又は遅延の損害については、損害賠償の責任を負いません。
(1)荷物の欠陥、自然の消耗
(2)荷物の性質による発火、爆発、むれ、かび、腐敗、変色、さびその他これに類似する事由
(3)ストライキ若しくはサボタージュ、社会的騒擾その他の事変又は強盗
(4)不可抗力による火災
(5)予見できない異常な交通障害
(6)地震、津波、洪水、暴風雨、地すべり、山崩れその他の天災
(7)法令又は公権力の発動による運送の差止め、開封、没収、差押え又は第三者への引渡し
(8)荷送人又は荷受人等の故意又は過失
出典:国土交通省「標準引越運送約款」
この条文でのポイントは、第1号と第8号です。
第1号の「自然の損耗」については、家電製品が故障した際に、引越し業者がよく主張します。
第8号の「荷送人又は荷受人等の故意又は過失」は、ダンボールの中身が破損した際に、引越し業者がよく主張します。
「引越しの事故ではない」という引越し業者の主張を退ける

「引越しの事故」以外の原因をすべて潰す必要がある
「なんだ。引越し業者の責任って、こんなに重いんだ。じゃあ補償交渉も楽勝なんでしょ?」と考えがちですが、そうもいきません。
というのも、引越し業者は、お客さまが引越しの事故だと主張する建物や荷物のキズなどは、「そもそも引越しの事故でできたものではない」と主張してきます。
建物や荷物のキズ・ヘコみ・汚れなどは、次の3つに分類されます。
- もともとあったキズ・ヘコみ・汚れ
- 引越し業者の作業によるキズ・ヘコみ・汚れ
- 引越しの後の生活でついたキズ・ヘコみ・汚れ
引越し業者が補償の責任を負うのは、当然2.だけです。
となると、引越し業者としては、お客さまからのクレームに対して、1.か3.の可能性を主張してきます。
つまり、「お客さまの主張するキズ・ヘコみ・汚れは、引越しによるものではなく、もともとあったもの、または引越しの後の生活でできたもの」という理屈です。
この理屈がとおれば、引越し業者としては、「引越しの事故ではない」ので、補償の責任を負いません。
ですから、引越し業者は、正当な主張としても、また、事故の言い逃れのための悪質な主張としても、「引越しの事故ではない」と主張してきます。
引越しの事故の補償交渉では、いかにこの引越し業者の理屈を退ける、つまり、「引越し以外の原因」だという論点を潰す必要があります。
これにより、事故が「引越し業者の作業によるもの」だということを、引越し業者に認めさせるかがポイントとなります。
「悪質クレーマー」「勘違いクレーマー」だと思われてはいけない
一応、フェアに引越し業者の側の事情も書いておきます。
引越し業者としては、引越し業者の責任でない建物や荷物のキズ・ヘコみ・汚れ・破損を、「引越しの事故だ!!」とウソをつく悪質なクレーマーを警戒しています。
また、場合によっては、勘違いして「引越しの事故だ!!」と、引越し事故ではないのに、本気で思い込んでクレームをつけてくるお客さまもいらっしゃいます。
悪質なクレーマーも、勘違いのクレーマーも、それぞれ別の意味で「たちが悪い」のですが、引越し業者としては、こうしたクレーマーには補償はできません。
ですから、引越し業者には、悪質なクレーマーや勘違いのクレーマーだと思われないようしなければなりません。
このために重要になるのが、客観的な証拠としての「写真」です。
作業前の状態をフィルム式のカメラで撮影しておく

作業前の写真があれば引越し業者も補償を断りにくい
トラブル・事故が発生した場合、客観的な証拠があるのとないのとでは、補償交渉の進み方が、まるっきり変わってきます。
引越し業者としても、作業前の写真が残っているとなると、そう簡単には言い逃れができなくなります。
作業前の写真に建物や荷物のキズ・ヘコみ・汚れがない状態の写真があれば、引越し業者は、「もともとあったキズ・ヘコみ・汚れ」だという主張はできなくなります。
そして、なるべく早く補償交渉に入ることで、「引越しの後の生活でできたもの」という主張もできなくなります。
もちろん、これは、事故があってから早ければ早いほどいいです。理想的には、「現行犯」=事故があったその時その場で補償交渉に入るべきです。
なお、不幸にして、実際にトラブル・事故が発生してしまったら、カメラでそのトラブル・事故の状況を撮影して、証拠を残しておいてください。
必ず修正(捏造)できないフィルム式のカメラで撮影する
この際、必ずフィルム式のカメラで写真を撮っておいてください。
スマホやデジカメで撮影した写真は、加工(修正、悪くいえば「捏造」)が簡単にできてしまいます。
なにしろ、壁・床・荷物にあるキズ・ヘコみ・汚れをちょっと消すだけで、まったくキズ・ヘコみ・汚れがない写真ができてしまいます。
さすがに引越し業者も、こうした写真を根拠に補償に応じる訳にはいきません。
このため、スマホやデジカメの写真は、引越し業者との補償交渉の際の材料としては、あまり効果がありません(ただし、ないよりはマシです)。
フィルム式のカメラは、使い捨てカメラ、インスタントカメラ、チェキなどで大丈夫です。
写真撮影は優先順位をつけて効率よく

まずは建物を優先して余裕があれば家具も
ただ、すべての荷物、家具、大型家電製品や、引越し元(旧居・積地)と引越し先(新居・卸地)のすべての壁・床・階段を撮影するのは、あまり現実的ではありません。
ですから、なるべく優先順位をつけて、時間の許す限り撮影する、という対策が現実的でしょう。
なお、何が最も大切かは、お客さまによると思います。
一般的には、建物のほうが損害が大きく、修理にも手間がかかります。
ですから、家具よりも建物を優先するのがオススメです。
ただし、家具の中には、婚礼家具や桐ダンスのように、非常に高額な修理費がかかるものもあります。
ですから、婚礼家具や桐ダンスのような高級家具がある場合は、そちらを優先してもいいでしょう。
建物内部の事故多発地帯と証拠写真の撮影箇所候補
建物内部の撮影箇所の候補は、以下のとおりです。
- 廊下の曲がり角の壁・床
- 部屋の出入り口の壁・床
- 玄関の壁・床
- 階段の登り口(上り口)と降り口(下り口)の壁・床
- 階段の踊り場
- 台所の壁・床(特に冷蔵庫近辺の床)
これらの場所は、家具や冷蔵庫を搬出・搬入する際に、方向転換します。
この際、引越し業者のスタッフが、家具を水平に持った方向転換することがあります。
この場合は、内側・外側の両方が家具に接触して、壁にキズやヘコミができる可能性があります。
また、いったん床に置いてから方向転換することもありますが、この場合は、丁寧に置かないと、床にキズやヘコミができます。
家電製品は引越しの前後で必ず作動確認をする

引越し業者は簡単には家電製品の故障の責任を認めない
建物や荷物のキズ・ヘコみ・汚れ以外の事故としては、家電製品の内部の損傷によって故障する事故があります。
ところが、この内部の故障は、次のどれに該当するのかがはっきりしません。このため、引越し業者との補償交渉が難航します。
- 引越し業者の作業が原因で故障した
- 経時劣化
- もともと故障していた
- 引越しの後で何らかの原因で故障した
もちろん、引越し業者としては、1.以外のすべての理屈を主張して、家電製品の故障の補償をしたがりません。
実際、家電製品の故障は、いろいろな複合的な要因が絡んできますので、100%引越し業者が悪い、という状態は、そうそうありません。
引越し業者は家電製品の故障を「経時劣化」と主張する
家電製品の故障の事故の特徴としては、2.の経時劣化があります。
経時劣化については、自然の損耗(標準引越運送約款第23条第1号)として、引越し業者が補償を拒否することができます。
第23条(免責)
当店は、次の事由による荷物の滅失、き損又は遅延の損害については、損害賠償の責任を負いません。
(1)荷物の欠陥、自然の消耗
(第2号以下省略)
出典:国土交通省「標準引越運送約款」
ですから、故障した家電製品が、製造からあまりにも時間が経っている場合は、補償交渉は難航します。
これについては、対策のしようがないのが実情です。
比較的新しい家電製品は作動確認が大事
比較的新しい家電製品については、経時劣化ということはありません。
ですから、引越しの後で動かなくなったとすれば、引越し業者の作業による可能性が高いといえます。
ただ、家電製品の作動状態をカメラで撮影するわけにはいきません。
そこで、重要となるのが、搬入時と搬出時の作動確認です。
引越し元(旧居・積地)と引越し先(新居・卸地)の双方で作動状態を確認する
まず、引越し元(旧居・積地)での搬出作業の時点で、家電製品が作動していることを引越し業者のスタッフと確認しておいてください。
こうすることで、少なくとも、「もともと故障していた」可能性はなくなります。
場合によっては、(引越し業者のスタッフの顔は写さず体を写して)家電製品の作動確認の様子を動画で撮影してもいいでしょう。
次に、引越し先(新居・卸地)での搬入作業の休憩の際や、搬入作業が終わった時点で、改めて家電製品が作動するかどうかを確認してください。
この際、作動しなかった場合は、引越し業者の作業が原因で故障した可能性が高く、補償交渉もスムーズにいきます。
引っ越しのトラブル・事故は「その時その場」で対処する

引越しを中断してでもその時その場で対処する
引越しの作業中に、事故があった場合、必ず、直ちに、「その時その場」で対処してください。
時間が経ってしまうと、いつの事故なのかがはっきりせず、引越し業者との補償交渉が難航することがあります。
例えば、家具や建物のキズは、時間が経ってしまうと、引越しの作業によってできたたものか、その後の生活のできたものなのか見分けがつきません。
こうなると、引越し業者としても、そう簡単には補償交渉には応じてくれません。
ですから、たとえ引越しを中断してでも、事故があったら、その時その場で、補償交渉に入ってください。
派遣社員が起こした事故はその時その場でないとスムーズに進まない
派遣社員が事故を起こした場合、実は、その事故の補償は、派遣会社が負担します。
形式的には、お客さまには、引越し業者をとおして事故の補償がされます。
ただ、その時・その場で「派遣社員が起こした事故」であることを確認することが重要です。
そうでないと、派遣会社が、引越し業者に対して、補償を認めないことが多いです。
逆にいえば、派遣会社が補償に応じてくれるため、派遣社員の事故については、引越し業者が、意外にすんなり対処してくれます。
ですから、後で引越し業者が派遣会社に補償請求ができるように、派遣社員による事故は、その時その場で確認してもらってください。
「事故があった」という事実関係をチームリーダーとスタッフと確認する
荷物・建物の破損については、スタッフやチームリーダーには、必ずその時その場で事故があったことを確認してもらってください。
というのも、事故があった場合、多くの引越し業者は、スタッフにその補償の一部を負担させています(方法によっては労働基準法違反ですが…)。
このため、後で引越し業者に事故があったことを伝えても、一部の不誠実なスタッフは、事故があったことを知りながらも、その事故を認めたがりません。
このようなことがないように、実際に事故を起こしたスタッフとチームリーダーには、現場でそのことを確認してもらってください。
引越しの後で発覚した事故はすぐに連絡する

引越し業者への連絡は早ければ早いほどいい
引越し業者が帰った後に事故が発覚した場合は、すぐに引越し業者に連絡してください。
特に、「荷物の一部の滅失又はき損」については、荷物の引渡しの日から3ヶ月以内に引越し業者に連絡しなければ、時効になってしまいます(標準引越運送約款第25条第1項)。
第25条(責任の特別消滅事由)
1 荷物の一部の滅失又はき損についての当店の責任は、荷物を引き渡した日から3月以内に通知を発しない限り消滅します。
2 前項の規定は、当店がその損害を知って荷物を引き渡した場合には、適用しません。
出典:国土交通省「標準引越運送約款」
3ヶ月というと、「けっこう時間あるね」と呑気に思っているかもしれませんが、意外とすぐに時間が経ちます。
特に、季節性の荷物は、ダンボールに入れっぱなしになることが多いため、3ヶ月など、あっという間です。
例えば、夏に引越しした場合の石油ストーブや、冬に引越しした場合の扇風機などは、故障しているのに気がついても、時効になってしまいます。
引越し業者に「引越し後の生活の事故」とは言わせない早さが重要
また、壁・床・畳の事故(キズ・ヘコみ・汚れ)については、荷物ではありませんので、上記の時効とは関係がありません。
しかし、すでに述べたとおり、特に引越し先(新居・卸地)の壁・床・畳のキズ・ヘコみ・汚れについては、引越し業者の作業によるものと、お客さまの日常生活によるものと区別がつきません。
このため、時間が経てば経つほど、引越し業者は、(そのキズ・ヘコみ・汚れは、お客さまの引越し後の生活でできたものでしょう?)と疑います。
こうして、引越し業者との補償交渉は、難航します。
ですから、なるべく搬入作業当日に、壁・床・畳をよく確認してください。それこそ、引越し業者が養生をはずした直後に確認してもいいくらいです。
参照:養生を取ったら事故の確認―引越し元(旧居・積地)での養生をはずす作業の注意点
参照:事故はその時その場で補償交渉―引越し先(新居・卸地)の養生をはずす作業の注意点
この際、キズ・ヘコみ・汚れがあった場合は、すぐに引越し業者に連絡して補償交渉を始めてください。
まとめ
改めて、事故の対処と補償交渉のポイントを整理すると、つぎの5つのポイントとなります。
- 引越し業者には、一部の例外を除いて、事故に対する補償責任がある
- 引越し業者は「事故は引越しの作業が原因ではない」と主張するので、それを退ける必要がある
- 作業前=事故前の建物・荷物の状態を証拠能力が高いフィルム式のカメラで撮影する
- すべての壁・床・荷物の撮影は現実的でないため、優先順位をつけて撮影する
- 家電製品は引越しの前後で作動確認をして、引越し先(新居・卸地)で動かない場合は、補償交渉に入る
- いかなる場合でも、補償交渉は、直ちに「その時その場で」でおこない、後回しにない
- 引越しが終わった後で発覚した事故は、早く引越し業者に連絡する
引越しの補償交渉は、段取りとスピードが重要です。
しっかりと段取りと整え、交渉材料(特に写真)があれば、引越し業者の補償担当者も、(このお客さま相手では交渉に応じざるを得ないな…)となります。
逆に、何も交渉材料を用意せずに、単に思い込みだけで補償交渉に臨んだところで、海千山千の引越し業者の補償担当者に、軽くあしらわれるだけです。
新築の建物への引越しの場合や、婚礼家具・桐ダンス・高価な家電製品などをお持ちの場合は、事故による損害はバカになりません。
こうした場合は、念入りに準備をして引越しに臨んでください。